古い古い、なんと僕と同じトシの同じ月生まれのビルで、元は旅館だったらしい。そのビルの三階。二階にはかなりシャレてクールな洋服屋『Cull』さんが入っている。
震災後はTSUTAYA三年坂店の地下で展示会をさせていただたりしていたのだけども、やはりどうもそうやっているばかりにもいかないので、ぼちぼち店探しをすることになる。というか、僕らの場合は店探しだけでなくって、現在は実家から通っており、家探しも重ねてやっている状況だった。
で、驚いたのが、現在のこの熊本の住まい探し状況というのは、基本かなり厳しいんだということ。つまり、みんな物件を探しているのですね。大手の不動産情報をネットで見る→おっ、なかなかいいじゃん。でも実際見てないと分かんないよね、と、ひとまず電話する→ほとんどもう決まってしまってる。しかも驚くことに、結構みんな実際に部屋のなかを見ないで住むことを決めてる場合も多いようだ。まだ引っ越し先にひとが住んでいて中が見れなくても即決、みたいな。だから僕らのように悠長に構えている人間達にはほぼ行き渡らない。まぁ考えてみれば当たり前で、現在だって震災で住む所さえままならない方達も多い状況なので、そりゃイス取りゲームみたいになるよな、と。僕らは住居兼店舗も検討していたので、なおさらなかなか見つからない状況だった。
そんなある日のこと。奥さんがふと、「・・・そういえばどうもあなたの好きそうな感じのビルに募集の張り紙がしてあったよ」と言う。「・・・へ?張り紙?ネットぢゃなくって張り紙?今時、大丈夫かよ、それ」なんてぜんぜん自分自身、今時じゃないひとなくせに、今時ぶりつつ話を聞いてみたら。
「満月ビル」。そのビルの名前はそういうらしい。うん。素晴らしい。今時、素晴らしい。そして何より素晴らしかったのが、そのビルがある道。通り。そういえば以前から自分がなんとなく好きな、歩きたくなるような通りだったのだ、ここは。川沿い、街の中心地からちょいと離れた、どこかゆったりとしたひとたちが幸せそうに散歩しているような、その通り。素晴らしい。なぜか通り沿いにある汗臭いボクシングジム。これまた、素晴らしい。夕方、気づけばここらじゅうに響き渡る、分刻みハードワークな「カーン!」というゴング音も素晴らしい。いや、なんか素晴らしすぎる。
どうも昔っから、なんというか「ひととひと」と同じように「ひとと道」にも相性のようなものがある気がして仕方なかった。ほら、あるじゃないですか、なんかあの道好き、歩いててほっとする、みたいなやつ。ほんとは店やるんならやっぱそういう言葉になんない信頼、というか、言葉にならない気持ち、みたいなものが欲しいと思っていた。でも店のオープンなんざ実際はなかなかそんな乙女チックで絵空事なんざ言ってられないわけでしてね。でもまぁ僕もこう見えて、なんつってもバツ三。三年で移転三回目のトリプルアクセル。こりゃもうこの喜ばしき本能の震えに従おう(っていつもそうなんだけど)と思ったわけなんですね。
しかもこのご時世に、見つけたのがアナログチックにビルの張り紙というのがまたまた大きい。僕としては。実際不動産もほんとうに小さな不動産屋さんで、対応もすべからく丁寧でアナログで素晴らしかった。なかには売り手強しのこの状況で、ちょっとどうかと思う不動産もあるにはあった。いくら良い物件持っててもあんなひとたちには決して僕らのお金は渡したくはない。まぁそんな余裕かもしれないことを言えるのは、僕らの状況が本当に恵まれているのかもしれないけど、でもねぇ。そこをぐっっと飲んで契約するひともいるんだろうけど、でもねぇ。こういう手と手のやりとりというか、気持ちと気持ちのやり取りの中で生きていく、というチョイスこそ、そのひとそのひとの生き方をも左右する、ほんとに重大な決断だと僕は信じて疑わないわけで。というか、それが一番重要な決断なのではないかと。どこまで自分が譲れないものを死守するか、みたいな。たぶんそうやって自分たちが好ましいと思う状況が連鎖していくのだと思われる。そう思いたい。
とは言っても、一般的にみれば、きっとここは街の少し外れの、たぶんちょっとハズレなあまり知られてない場所。これから好ましい連鎖が続いていくのだろうか。続くといいな。続くと思うぞ。続かせなきゃな。続くことを祈ります。
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