2015年9月6日日曜日

雑貨屋と雑誌





現在発売中の雑誌「タンクマ」での掲載を見て、お店に来てくれる方々がちらほら出て来ている様子。本当にありがたいことです。

そういえば、誌面で「雑誌作りと店作りは似ている」ということを少しお話しました。たぶんあれだけでは伝わり難いと思うので、どこかの誰かのためにここで補足しておこうと思います。


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現在うちの店ではだいたい二、三ヶ月に一回、なんらかの展示会をおこなっています。例えばこれは雑誌でいえば、いわば巻頭特集のようなものだと思うんです。そのときそのときの時代の流れや嗜好、季節感やさまざまなタイミングを見極めて、思わずお客様が手に取りたくなるような、お店に来たくなるような企画を考えなければならない。これはもう雑誌もお店もまったく一緒です。

そして企画を考えたならば、今度はどうにかしてそれを伝えなければなりません。お店であればSNSやブログ、DMを絡めながら、集客を促す方法と、どういう商品なのかを取材してお客様に伝えなければならない。この、いわば仕込みの部分が濃ければ濃いほどそりゃいい記事になるし、いい宣伝素材になるし、お店であればいい接客に繋がるはずです。創る現場を見ているのと見ていないのでは、商品を宣伝する言葉の熱がまるで違います。それは雑誌の記事の文章の温度とて同じことでしょう。

通常、雑誌ではエッセイやらコラムなどの連載ものがあります。その記事が読みたいから毎号買う、なんてひともいたりすると思うのですが、店に置き換えるとそれは通常置いている商品のラインナップになるんじゃないかと思います。お店にとって、ここはいわば生命線ともいえるもので、何を置き何を置いていないのか、全体的な価格帯を含め、大体それらを見ればお店の考えというかレヴェルのようなものがわかるんじゃないでしょうか。もちろん雑誌でもそれは同じで、どんなひとにどんな形で企画や連載を持ってもらうかで雑誌の売り上げも随分と変わるはず。まぁ私見だと日本という国は、本当の意味でのライターが育ち難い土壌が在る気がするので(作家には世間的なリスペクトがあるけど、ライター対してはそれが少ないように思えるから)、なかなかそれも難しいと思うのですが。まぁそれでも著名なひとが書いているコラムがあると雑誌としても強いですよね。

もちろんお店にしても雑誌にしても、売れなければ、お客様に来ていただき商品が動かなければ、成立はしません。でもじゃあ売れるものばかり、売れることばかり考えていると、もっとも大切なコト、つまり、「なんで自分はこの仕事に従事しているのだろう。最終的にいったいなにをしたくて、誰に何を、届けたくって、この仕事にわざわざ時間を割いているんだっけ?」ということが見えなくなってくると思うんです。もちろん生活のためにお金のために仕事をする面はありますし、それのみを求めるひとがあってもそれはそれでまったくいいのですが、でも少なくともお店、特に個人店だとか雑誌を、ゼロから立ち上げ、自己のコアな部分を反映させながら何かを表現したり訴えたりしたいのであれば、やはり根底の部分で揺るぎない考えの土台のようなものが欲しい。自分にそれがあるのかどうか分からないながらも、そう思うわけです。

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・・・とまぁ、まだお店を始めて二年も満たない僕のような若輩者が、なぜにこうもつらつらつららと書いてしまったのかというと、たぶんどんな仕事同士であっても探してみれば何らかの共通点があるんじゃないか、と思ったからであり。考えてみれば自分の奥さんも現在はマッサージ店をしていますが、もとはといえば家具やら雑貨の販売なんかをしていたひとだし、じゃあその経験がまったく活きないかというとそんなことは全然ないわけです。正直、接客のイロハなんて、どの仕事で通ずる大切なものがあるのではないでしょうか。

僕自身、小さい頃から不思議だったことのひとつは「なぜ大人は世のすべての仕事を経験できないんだろう」ということでした。世の中にはどれくらいの数の仕事があって、そしてそのなかでどの仕事が自分に向いているかなんて、分かるわけがないんですよね。しかも一生は限られてる。それなのに、なんですべてを経験できるシステムがないんだろう、と。もちろんそんなことはどう考えても不可能なわけですが、でも捉え方次第でいくらでも発想は広がるんじゃないかな、と思うわけです。そしてそう考えると、いくつになってからのリスタートだって、少しはやる気が起きるのではないかな、などと。・・・というわけで、またいつリスタートしなきゃいけなくなるかもしれない不安定な店主は、日曜日の午後、ぶつぶつとつぶやくのでありますね。

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