「・・・レコードは置いてありますか?」
彼女はそうっとお店に入ってきて、落ち着かない感じでお店のなかをうろうろして、何回か僕に話しかけようとして諦めて、そしてようやく迷いながら冒頭のことばを僕に告げた。インスタグラムで僕がよくレコードについてあげているのをみかけて(ストーリーズかな)、もしかしたらお店でレコードを販売されているのでは、と思って店に来てくれたのだそうだ。
置きたい置きたいと思いながらもなかなか手が回らないのだ、という旨を僕は彼女にとつとつと告げる。本当なのだ。置きたいレコードは売りたいレコードはたくさんあるのだけど、忙しいし、やるとなればきちんとやりたいし、なかなか踏み切れない。
せっかく来てくれたのにすまないな、と思いながら、コーヒーを淹れて、いま販売中のショコルのチョコレイトをいくつかコーヒーと共にお出しする。聞いてみると彼女はなんと高校一年なのだそうだ。大学生くらいかと思っていた。自分がもはや高校生や大学生の女の子の見分けも付かなくなっているのだろうか、と少しがっくりしてしまう。そりゃまぁそうかもしれない。だってどちらの立場の女の子ともそうそう話す機会がないんだものな。それにしても、な。
彼女は最近、ふらりと入ったとあるレコード屋さんからレコードプレーヤーをもらったらしい。そのレコード屋さんは僕も知っている。たまに行く店だ。分からないではないな、と思う。そりゃ高校一年の女の子が場違いとも思えるようなマニアックともいえるレコード屋にふらりと入って来たらば、何かをすべきだと自分だって思うだろう。だから僕も散々迷って、最後にとあるレコードを彼女に貸してあげることにした。コーネリアスの『ファンタズマ』。散々考えたのだけれど、僕が持っているレコードのなかでいちばん高校一年生的・・・とにかくいろんな好きなものを詰め込むパッションと過去と未来と現在とを空想で繋ぐファンタジアとおもちゃ箱をひっくり返したようなワクワク感と・・・かもしれなかった。分からないけど。でもまぁとにかくうちだってたまには貸しレコード屋になるのだって悪くはないだろう。そしてよくよく話を聞いてみると彼女は『catejina』の洋服のファンで、元々はそれでうちの店を知ってくれたらしい。恐るべしカテジナ。
もちろん彼女は高校一年生らしく、いろんなことに迷っているようだ。将来のことだとか目の前のテストのことだとか。特に本当に将来やりたいことと、自分のいまの選択が食い違ってしまっているらしい。まぁそんなの当たり前だよな。そんなこといったら自分なんて・・・と、そうして僕は彼女の話を聞きながら、一生懸命、自分の高校一年の時のことを想いだそうとする。でもどうしても、だめだ。いくら考えても当時好きだった女の子のことくらいしか想い出せない。彼女の話だと、やはり周囲はもう高校生だって早くに将来を決めてしまおうとする子がとても多いらしい。そのなかでどうやら彼女は浮いてしまっているみたいだ。まぁそうだろうなぁ。僕なんかの頃よりも今の時代の方がその流れは強いはずだ。こんなにも暗い時代だもの。
「・・・まぁ20代をすべて棒に振るくらいでいいんじゃないの。本当にやりたいことなんて30代からでいいと思うけれど。というか、周りがあまりに早くに将来を決めて行く中で、どれくらい頑張って棒に振れるかだと思うんだけどな」。この子の親からナイフを送られるくらいのとても無責任な言葉だと自分でも分かっていたけれど、そんなことを僕は彼女にぼそぼそと言ったと思う。お前はそんなでたらめな言葉を自分の子どもにも同じように言えるのか?となかば自答しながら。言えるのかな。少なくとも伝えたいとは思ってはいるが。
でも。どうしてそんな言葉があのとき出来てしまったのかと後から考えると。僕はいまでも忘れることができないのだ。あの大人たちのことを。僕の人生に対して、ひとの人生に対して、甘いだとか舐めているだとか勝手な言葉を言い放ち、汚らしくひとの人生を踏みにじろうとしたあの大人たちの顔を。そしていま、いかにもそんなことを言い放ちがちな分かったような顔をしている嫌いな大人たちのことを。これから自分がどう生きようとも、少なくともあんな奴らにだけは絶対なるまいと誓ったあの人間たちのことを。だから今の僕から言わせると、若い子にはそんな言葉くらいしかかけられないのだ。そんな風に信じ生き続けると、もしかするときっとこんな大人になる(なってしまう)。大人かどうかは果たして分からないけれど。すくなくとも信じれば、こうやって生き延びることはできる。こんな風には決してなりたくはないよ、と思えばあいつらの言うことを聞けばいいし、それが嫌なら違う道を選べばいい。でもとにかく大事なのは、とにかく見失ってほしくはないのは、どこかに違う道もあるということだ。道は決してひとつじゃない。先は永いし、ほんとうは先のことなんて誰にも分からないのだから。
「テストで赤点をとらなければ、また来ます」と笑いながら彼女は出て行った。・・・ああ、もしかしたら、こっちのレコードの方を貸したが良かったかもな、と、今これを聴きながら思ったりする。小沢健二の『ある光』。でもこの線路を降りるのは、きっときみにはまだまだ早過ぎると思うんだよな。うん、きっとそうだと思う。
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